概要
液相でイオンを生成するような化合物を含む系を電解質系といいます。
化学プラントにおいては酸やアルカリを扱うことはよくあるため、電解質系の気液平衡計算を精度よく行なうことは機器設計するうえで非常に重要です。
その一方で、電解質系は非理想性が非常に高く、計算に使用されるモデルも複雑なものとなっています。
本記事では電解質系の気液平衡計算で使用される理論式を紹介します。
電解質系の気液平衡理論
電解質系であっても気液平衡の基本的な考え方は変わりません。
気液平衡が成り立つ場合、気相側と液相側のフガシティーが等しくなります。
$${f_{i}}^{V}={f_{i}}^{L}・・・(1)$$
気相フガシティー
気相側のフガシティーは一般的に、
$${f_{i}}^{V}=y_{i}{φ_{i}}^{V}P・・・(2)$$
yi:i成分の気相モル分率、φiV:i成分の気相フガシティー係数、P:系の全圧
(2)式で表されます。
フガシティー係数φiVは高圧気液平衡や気相会合系では寄与が大きいバラメータです。
逆に低圧で気相会合もなければ、φiV=1とみなせ(2)式は(3)式のように近似できます。
$${f_{i}}^{V}=y_{i}P・・・(3)$$
液相フガシティー
液相のフガシティーは凝縮する成分と凝縮しない成分で扱いが少し異なります。
凝縮成分
凝縮成分の液相側のフガシティーは一般的に、
$${f_{i}}^{L}=x_{i}γ_{i}{p_{i}}^{0L}{φ_{i}}^{SV}{\rm{exp}}(\frac{{v_{i}}^{L}(P-{P_{i}}^{L})}{RT})・・・(4)$$
xi:i成分の液相モル分率、γi:i成分の活量係数、pi0L:純物質の飽和蒸気圧
φiSV:飽和圧力におけるi成分の純物質気相フガシティー係数
(4)式で表されます。
フガシティー係数φiSVは同様に低圧で理想系に近ければφiSV=1とみなせます。
また、exp部分の項も低圧条件下であればほとんど寄与しません。
したがって、多くの場合は(4)式は(5)式の形に近似できます。
$${f_{i}}^{L}=x_{i}γ_{i}{p_{i}}^{0L}・・・(5)$$
非凝縮成分
扱う温度・圧力で非凝縮な成分は純物質蒸気圧pi0Lが定義できません。
そのため代わりにHenry定数を使用して純物質液の参照状態を定義するのが慣例となっています。
$${f_{i}}^{L}=x_{i}{γ_{i}}^{*}H_{i}・・・(6)$$
γi*:i成分の非対象基準の活量係数、Hi:henry定数
ここで定義される活量係数γi*は通常の2成分系で定義される活量係数とは別物です。
細かい説明は省きますが、扱う電解質系それぞれでパラメータ調整されたγi*とHiを使用する必要がある、という点に注意しましょう。
商用のシミュレータではメジャーな成分系のγi*とHiはデータベースに登録されています。
ただし、電解質系で多数のイオンを扱う場合や、そもそもデータベースに登録されていない場合は自分でパラメータを設定・調整する必要があります。
電解質系の活量係数算出モデル
非電解質の2成分系では活量係数を算出するのにWilsonやNRTLなどの式がよく使用されています。
電解質系でもどのように活量係数を算出するかが非常に重要で、様々なモデルが発表されています。
Debye-Hückelの式
最も基本的な電解質のモデルです。ほとんどの電解質モデルはこのDebye-Hückelモデルをベースに改良されています。
このモデルはイオン同士がクーロン力により相互作用していると考え、導出されています。
そのため、イオンの濃度が薄く(イオン強度I≦0.1M)、イオン間距離が十分遠いとみなせるような系(希薄強電解質系)にしか適用できません。
詳細は以下の記事で解説しています。
【Debye-Hückelの理論】を解説:電解質溶液の活量係数計算式の基礎
Debye-Hückelの理論は1923年に発表された希薄強電解質溶液の活量係数を表わす理論です。現在実用的に使用されている電解質モデルはほとんど全てこのDebye-Hückelの理論をベースにして改良されてきたモデルです。
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Pitzer-Debye-Hückelの式
Debye-Hückelモデルを改良したモデルの1つです。
長距離相互作用(イオンのクーロン力)はDebye-Hückelモデルで表し、短距離相互作用(分子間力等)はビリアル展開式で表したモデルです。
短距離相互作用を新たに考慮することでイオン強度が0<I<6の範囲まで精度良く表現できるようになりました。
詳細は以下の記事で解説しています。
【Pitzer-Debye-Hückelモデル】を解説:ビリアル展開による短距離相互作用の考慮
Debye-Hückel理論を拡張し、イオン強度がより大きい系まで適用範囲を広げたモデルの1つがPitzer-Debye-Hückelモデルです。PDHモデルはイオン強度が0
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Unsymmetric-Electrolyte-NRTL
長距離相互作用はPitzer-Debye-Hückelモデルで、短距離相互作用はNRTLモデルで表したモデルで、日本語では非対称電解質NRTLと呼ぶことが多いです。
主に水系の電解質を扱う場合に、よく使用されるモデルです。
適用範囲がとても広く、希薄濃度から高濃度までイオンの濃度をほとんど気にすることなく使用することができます。
【Unsymmetric-Electrolyte-NRTL】を解説:電解質の短距離相互作用をNRTLで表現
Unsymmetric-Electrolyte-NRTL(以下、UE-NRTL)とは長距離相互作用(イオンのクーロン力等)はPitzer-Debye-Hückelモデル(以下、PDHモデル)で表し、短距離相互作用はNRTLモデルで表すことで、電解質を含む系の活量係数を計算できるモデルです。
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Symmetric-Electrolyte-NRTL
非対称電解質NRTLとモデルの構成がほとんど同じですが、エンタルピーやギブス自由エネルギーを計算する場合に必要な参照状態の取り方が異なるため、対称電解質NRTLと呼ばれます。
非対称電解質NRTLでは溶媒が水であることを前提とした参照状態を取っているため、非水系であっても僅かな水を系内に加えなければ計算できませんでした。
対称電解質NRTLはこの点を改良し、非水系でも水をあえて加えることなく従来通りの組成で計算できるようになりました。
もちろん水系も普通に計算できるため、モデル的には非対称電解質NRTLの上位互換的な存在です。
しかし欠点として、各々のイオン電離式で使用する平衡定数について非対称電解質NRTLで使用していた値を使いまわすことができず、別途回帰する必要があります。
私自身も、あえて非水系で電解質を考慮しないといけない系に出会ったことがないので、対称電解質NRTLはまだ使ったことがありません。
おわりに
電解質モデルについて解説しました。
気液平衡モデルの中では最上級レベルに難しいモデルであり、式が複雑なため収束性も確実に悪くなります。そのため、むやみやたらと電解質モデルを使用することは避けた方が賢明です。
電解質系だからと言って、必ずしも電解質モデルで計算する必要はありません。計算の目的に応じて使用するモデルを選定しましょう。