※当ブログではアフィリエイト・Google Adsense・The Moneytizerによる広告を掲載しています。

化学工学 熱力学

【Unsymmetric-Electrolyte-NRTL】を解説:電解質の短距離相互作用をNRTLで表現

2022年5月30日

概要

Unsymmetric-Electrolyte-NRTL(以下、UE-NRTL)とは長距離相互作用(イオンのクーロン力等)はPitzer-Debye-Hückelモデル(以下、PDHモデル)で表し、短距離相互作用はNRTLモデルで表すことで、電解質を含む系の活量係数を計算できるモデルです。

UE-NRTLの過剰ギブス自由エネルギーは、

$$\begin{align}\frac{G^{E}}{RT}&=\frac{G^{*E,long-range}}{RT}+\frac{G^{*E,mixed-solvent}}{RT}+\frac{G^{*E,short-range}}{RT}\\&=\frac{G^{*E,PDH}}{RT}+\frac{G^{*E,Born}}{RT}+\frac{G^{*E,lc}}{RT}・・・(1)\end{align}$$

(1)式で表されます。

UE-NRTLの過剰ギブス自由エネルギーは3種類の要素で構成されています。

  • G*E,long-range:長距離相互作用⇒PDHモデルで表現
  • G*E,mixed-solvent:混合溶媒寄与⇒Bornモデルで表現
  • G*E,long-range:短距離相互作用⇒NRTLモデルで表現

3つの項を考慮することで、希薄なイオン溶液系から高濃度系まで表現することができます。

主にAspen PlusのようなAspen Tech関連のシミュレータで電解質モデルを計算する場合には、UE-NRTLのような電解質NRTLを実用的に使用することになるかと思います。

この記事ではUE-NRTLについて解説しています。

3種類の寄与項

長距離相互作用項

長距離相互作用項はPitzer-Debye-Hückelモデルをベースにモル分率で規格化した(2)式が使用されています。

$$\frac{G^{*E,PDH}}{RT}=-(\sum_{k}x_{k})(\frac{1000}{M_{s}})^{1/2}(\frac{4A_{φ}I_{x}}{ρ}){\rm{ln}}(1+ρ{I_{x}}^{1/2})・・・(2)$$

$$A_{φ}=\frac{1}{3}(\frac{2πN_{0}d}{1000})^{1/2}(\frac{e^{2}}{DkT})^{3/2}・・・(3)$$

$$I_{x}=\frac{1}{3}\sum{Z_{i}}^{2}x_{i}・・・(4)$$

Aφ:Debye-Hückelパラメータ、Ix:モル分率基準のイオン強度

ρ:"closest approach"パラメータ、Ms:溶媒成分の分子量

PDHモデルではイオンのクーロン力による長距離相互作用をDebye-Hückel式の修正で表現し、分子間力等による短距離相互作用をビリアル展開式で表しています。

(2)式はPDHモデルの長距離相互作用項のみを取り出して適用させています。

PDHモデルの詳細は以下の記事で解説しています。

【Pitzer-Debye-Hückelモデル】を解説:ビリアル展開による短距離相互作用の考慮

Debye-Hückel理論を拡張し、イオン強度がより大きい系まで適用範囲を広げたモデルの1つがPitzer-Debye-Hückelモデルです。PDHモデルはイオン強度が0

続きを見る

混合溶媒寄与項

扱う系の溶媒が水だけでなく、他の溶剤が含まれている場合は(5)式により混合溶媒寄与項を考慮する必要があります。

$$\frac{G^{*E,Born}}{RT}=\frac{N{Q_{e}}^{2}}{2RT}(\frac{1}{ε_{s}}-\frac{1}{ε_{w}})\sum_{i}\frac{x_{i}{z_{i}}^{2}}{r_{i}}10^{-2}・・・(5)$$

NA:アボガドロ数、Qe:電子の電荷、R:気体定数、T:温度

εs:混合溶媒の誘電率、εw:水の誘電率、xi:i成分のモル分率

zi:i成分の荷電数、ri:i成分のBorn半径

デフォルトでは水が溶媒である場合を参照状態としているので、混合溶媒の場合は(5)式により参照状態を修正します。

水しか溶媒として扱わない場合は、εswとなるので(5)式はゼロとなり、寄与がなくなります。

短距離相互作用項

短距離相互作用項は(6)式のNRTL式が使用されています。

$$\begin{align}\frac{G^{*E,lc}}{RT}=\sum_{m}n_{m}\frac{\sum_{j}X_{j}G_{jm}τ_{jm}}{\sum_{k}X_{k}G_{km}}&+\sum_{c}z_{c}n_{c}(\sum_{a}Y_{a}\frac{\sum_{j}X_{j}G_{jc,ac}τ_{jc,ac}}{\sum_{k}X_{k}G_{kc,ac}})\\&+\sum_{a}z_{a}n_{a}(\sum_{c}Y_{c}\frac{\sum_{j}X_{j}G_{ja,ca}τ_{ja,ca}}{\sum_{k}X_{k}G_{ka,ca}})・・・(6)\end{align}$$

$$G={\rm{exp}}(-ατ)・・・(7)$$

α、τ:2成分相互作用パラメータ

NRTLモデルはある分子(もしくはイオン)に注目し、その周りに存在する分子(イオン)との相互作用を表わしています。

もともとのNRTLモデルは分子-分子間の相互作用のみを考慮する式でしたが、UE-NRTLモデルでは分子-イオン間、イオン-イオン間の相互作用も考慮するように拡張しています。

ただ注意する点としては、このNRTLモデルの拡張は通常のNRTLモデルの完全な上位互換となる拡張ではないということです。

UE-NRTLモデルはオン成分のエンタルピーやギブス自由エネルギーを計算するうえでの基準となる参照状態を、水相における無限希釈状態と定義しています。

このような参照状態の取り方を非対称基準といいます。

非対称基準の参照状態の何が問題かというと、全く水が含まれていない系はモデルの構造上計算できないということです。

したがって、もし非水系でUE-NRTLモデルを使用したい場合は、メインプロセスに影響しない程度にごくわずかの水を系内に加える必要があります。

ということで、特に非水系で電解質を計算する必要がない場合は、通常のNRTLを使用するのが良いでしょう。

 

次に、(6)式の各々の項についてですが、

  • 第1項:分子が中心に配置された場合の相互作用
  • 第2項:カチオンが中心に配置された場合の相互作用
  • 第3項:アニオンが中心に配置された場合の相互作用

となっています。

また、相互作用を考える上での前提として、

  • 近距離での同種イオンの局所組成はゼロ(静電反発により近距離には存在し得ないから)
  • 局所的に電荷は中和されゼロ(近距離ではカチオン、アニオンが対を作り電荷中性となる)

以上の2つの仮定をおいています。

 

実用上は、2成分の相互作用パラメータτ、αを決定する必要があります。

文献などで実験からフィッティングされた多くのパラメータが発表されていますので、適宜使用しましょう。

商用シミュレータの場合はソフトに2成分パラメータが内蔵されていることがほとんどで、非常に便利です。

例えばAspen Plusでは、2成分パラメータは温度依存がある式として定義されており、各定数の値がソフト内に格納されています。

分子-分子間相互作用パラメータ

$$τ=a+\frac{b}{T}+e\ {\rm{ln}}T+fT・・・(8)$$

$$α=c+d(T-273.15)・・・(9)$$

(8)、(9)式で定義されています。通常のNRTLモデルと同じ形です。

電解質とは関係のない2成分パラメータは通常のNRTLと同じ数値を使用することができます。

一方で、電解質の2成分パラメータは電解質用にフィッティングされたパラメータを使用する必要があります。

分子-イオン間相互作用パラメータ

$$τ=C+\frac{D}{T}+E(\frac{T_{ref}-T}{T}+{\rm{ln}}(T/T_{ref}))・・・(10)$$

(10)式で定義されています。

実測データや文献値を使用して各パラメータ(C,D,E)をフィッティングしますが、異なる温度でのデータはないことが多いです。

設計したい系の温度変化がそれほど大きくなければ、D,E=0としてもそれほど問題ないでしょう。

 

加えて、フィッティングするうえで各パラメータの初期値が必要ですが、だいたいどのくらいの値になるのかを知っておくことは重要です。

Chenらが1982年に発表した論文に、様々なイオンとH2Oの2成分パラメータτの値を示しました。

τm,caがH2O-イオン、τca,mがイオン-H2Oのパラメータです。

"Local Composition Model for Excess Gibbs Energy of Electrolyte Systems"を参照

イオンは価数の組み合わせで分けてプロットしています。

1-1 Electrolyte (ex. HClなど)

1-2 Electrolyte (ex.K2SO4など)

2-1 Electrolyte (ex.CaCl2など)

2-2 Electrolyte (ex.MgSO4など)

3-1 Electrolyte (ex.AlCl3など)

3-2 Electrolyte (ex.Al2(SO4)3など)

それぞれなんとなく傾向がありますね。このような文献値を参考に初期値を設定しましょう。

ちなみにAspen Plusでのデフォルト値はτm,ca=8.0、τca,m=-4.0となっているようです。

 

また、αの相関式がありませんが、基本的にα=0.2を使用することがほとんどです。

イオン-イオン間相互作用パラメータ

$$τ=C+\frac{D}{T}+E(\frac{T_{ref}-T}{T}+{\rm{ln}}(T/T_{ref}))・・・(11)$$

(11)式で定義されています。分子-イオン間相互作用パラメータと同様に、α=0.2を使用します。

ただ、他の相互作用パラメータと比較して寄与が小さく、多くの組み合わせがτ=0となっているようです。

ソフト内にパラメータが存在すれば使用する程度です。

おわりに

非対称の電解質NRTLである、UE-NRTLについて解説しました。

水系の電解質を計算する場合に、非常に実用的なモデルです。モデルの特徴をよく理解してから使用しましょう。