概要
推算法の話をする前に、大前提として実測値があるなら利用すべきですし、測れるなら測るべきです。
気体の密度は小さすぎるので一般的に実験室にあるような器具で測定するのは難しいですが、液体は簡単です。
メスシリンダーのような容量がわかる機器で体積を測り、重量を測れば密度を算出できます。
(精度に関しては測定機器によりますが。)
純物質はもちろんのこと混合物に関しても同様に測定することができるため、液体密度は実測値を使用しやすい物性だと思います。
ただし沸点の液体は液中に蒸発した気泡が含まれているので正確に測定するのが難しいと思います。
したがって液体密度の推算として需要が高いのが標準沸点における液体密度ということになります。
推算式も沸点においてのみ使用できる式から、臨界点以下の任意の温度で使用できるものまで様々です。
この記事では主要な液体密度の推算方法を紹介します。
液体密度の実測値
参考までに主要な液体密度を示します。
だいたいどのくらいのオーダーになるのか知っておけば、推算式で単位換算ミスに気づきやすくなります。
物質 | 温度[℃] | 密度[g/cm3] | 物質 | 温度[℃] | 密度[g/cm3] |
アセトアルデヒド | 20 | 0.7794 | 水銀 | 0 | 13.59 |
アセトン | 20 | 0.7909 | 水素 | -252.5 | 0.0710 |
アニリン | 20 | 1.022 | 石油(日本産原油) | 20 | 0.80~0.98 |
アルゴン | -183 | 1.38 | 石油(燈用) | 20 | 0.80~0.83 |
アンモニア | -40 | 0.690 | 窒素 | -193 | 0.83 |
エタノール | 20 | 0.7895 | テレピン油 | 20 | 0.87 |
エタンチオール | 20 | 0.839 | チオフェン | 15 | 1.070 |
エチルエーテル | 20 | 0.7136 | トルエン | 20 | 0.866 |
エチレンオキサイド | 7 | 0.887 | ニ硫化水素 | 20 | 1.263 |
塩素 | -33.7 | 1.568 | ヒドラジン | 15 | 1.011 |
過酸化水素 | 20 | 1.442 | ピリジン | 20 | 0.982 |
ガソリン | 20 | 0.66~0.75 | フェルール | 25 | 1.071 |
Air | -194 | 0.92 | フッ素 | -200 | 1.14 |
グリセリン | 20 | 1.264 | フッ化水素 | 15 | 0.987 |
クリプトン | -146 | 2.155 | フレオン-11 | 17 | 1.494 |
クロロホルム | 20 | 1.489 | フレオン-12 | 20 | 1.331 |
酢酸 | 20 | 1.049 | フレオン-113 | 20 | 1.576 |
酢酸エチル | 20 | 0.9007 | ヘキサン | 20 | 0.6594 |
酸素 | -182.5 | 1.118 | ベンゼン | 20 | 0.879 |
シアン化水素 | 20 | 0.6876 | ホスゲン | 0 | 1.434 |
シクロヘキサン | 20 | 0.779 | メタノール | 20 | 0.7915 |
重水 | 20 | 1.105 | メチルエチルケトン | 20 | 0.8049 |
臭素 | 20 | 3.119 | ヨウ化メチル | 20 | 2.279 |
重油 | 20 | 0.85~0.90 | ヨウ素 | 20 | 4.93 |
硝酸 | 20 | 1.502 | 硫酸 | 20 | 1.834 |
純物質の液体密度推算
本記事では3種類の手法を紹介します。
また、1-プロパノールの標準沸点(370.4K)における液体密度を算出して各手法の精度を比較しています。
ちなみに実測値は0.7329g/cm3です。
臨界体積からの推算
標準沸点における体積Vbを臨界体積Vcから算出できる簡便な式があります。
$$V_{b}=0.285V_{c}^{1.04}$$
Vb:標準沸点の体積[cm3/mol]、Vc:臨界体積[cm3/mol]
体積を算出できればその物質の分子量から密度が算出できます。
試しに1-プロパノールの標準沸点における液体密度を求めてみます。
臨界体積Vcは218.5cm3/mol、分子量M=60.1g/molなので
$$V_{b}=0.285×218.5^{1.04}=77.25cm^{3}/mol$$
$$ρ=60.1/77.25=0.7780g/cm^{3}$$
となります。
実測値は0.7329g/cm3なので少しずれているかな、という精度です。
Yen-Woodsの式
対臨界温度Tr=1以下で液体の密度を推算することができる式です。
$$\frac{ρ_{s}}{ρ_{c}}=1+\sum_{j=1}^{4}K_{j}(1-T_{r})^{\frac{j}{3}}$$
ρs:液体の飽和モル密度、ρc:臨界密度、Tr:対臨界温度、Kj:定数
定数Kjについてはj=1~4について臨界圧縮因子を使用して算出できます。
$$K_{1}=17.4425-214.578Z_{c}+989.625Z_{c}^{2}-1522.06Z_{c}^{3}$$
$$K_{2}=-3.28257+13.6377Z_{c}+107.4844Z_{c}^{2}-384.211Z_{c}^{3}(Z_{c}≦0.26)$$
$$K_{2}=60.2091-402.063Z_{c}+501.0Z_{c}^{2}+641.0Z_{c}^{3}(Z_{c}>0.26)$$
$$K_{3}=0$$
$$K_{4}=0.93-K_{2}$$
同様に1-プロパノールの標準沸点における液体密度を求めてみます。
まず臨界体積Zc=0.253からKjを算出します。
$$\begin{align}K_{1}&=17.4425-214.578×0.253+989.625×0.253^{2}\\&-1522.06×0.253^{3}=1.850\end{align}$$
$$\begin{align}K_{2}&=-3.28257+13.6377×0.253+107.4844×0.253^{2}\\&-384.211×0.253^{3}=0.826\end{align}$$
$$K_{3}=0$$
$$K_{4}=0.93-0.826=0.104$$
続いて対臨界温度Tr=370.4/536.7=0.690から、
$$\begin{align}\frac{ρ_{s}}{ρ_{c}}&=1+\sum_{j=1}^{4}K_{j}(1-T_{r})^{\frac{j}{3}}\\&=1+1.850×(1-0.690)^{\frac{1}{3}}+0.826×(1-0.690)^{\frac{2}{3}}\\&+0.104×(1-0.690)^{\frac{4}{3}}=2.652\end{align}$$
最後に臨界体積Vcを利用して、
$$\frac{ρ_{c}}{ρ_{s}}=\frac{V_{s}}{V_{c}}$$
$$V_{c}=218.5cm^{3}/mol$$
$$V_{s}=\frac{218.5}{2.652}=82.39cm^{3}/mol$$
分子量M=60.1g/molから
$$ρ_{s}=\frac{60.1}{82.39}=0.729g/cm^{3}$$
となります。
実測値は0.7329g/cm3なので最初の手法よりは精度が上がっていますね。
Rackettの式
商用のシミュレーターであるAspen Plusに液体密度推算でデフォルトで設定されているのがRackett式です。
※バージョンや使用環境により設定されているモデルが異なることがありますのでご了承ください。私が確認したのはAspen Plus V.11です。
沸点だけでなく任意の温度における液体密度を算出することができます。
$$V_{l}=\frac{RT_{c}Z_{c}^{1+(1-T_{r})^\frac{2}{7}}}{P_{c}}$$
Vl:液体のモル体積、Tc:臨界温度、Tr:対臨界温度
Zc:臨界圧縮係数、Pc:臨界圧力
同様に1-プロパノールの標準沸点における液体密度を求めてみます。
臨界温度Tc=536.7K、対臨界温度Tr=370.4/536.7=0.690、臨界圧縮係数Zc=0.253、臨界圧力Pc=51atmを使用して、
$$V_{l}=\frac{82.06×536.7×0.253^{1+(1-0.690)^\frac{2}{7}}}{51}=81.73cm^{3}/mol$$
$$ρ_{s}=\frac{60.1}{81.73}=0.735g/cm^{3}$$
となります。
Yen-Woodsの式とほぼ同程度の精度がありますね。
混合物の液体密度推算
各成分のモル分率を利用
純物質の密度と各物質のモル分率から混合密度を算出する方法が最も簡便です。
$$V_{m}=\sum_{j}x_{j}V_{j}$$
Vm:混合密度、xj:j成分のモル分率、Vj:j成分の密度
混合気体密度の推算には単純なモル分率からの計算はあまりされませんが、液体の方は使う場面がよくあります。
液体の方が異種分子間の相互作用が強く、ある程度以上の精度で求めようとすると複雑な式を使用せざるを得ません。
とりあえず計算するために何らかの値がほしい、という場合にはこの方法が便利です。
もちろんそこから物性の精度を上げる必要があるかは考慮する必要があります。
Rackettの式
Rackettの式を混合物に適用する場合は、使用する臨界定数を混合物の影響を加味した式に変更します。
$$T_{c}=\sum_{i}\sum_{j}x_{i}x_{j}V_{ci}V_{cj}(T_{ci}T_{cj})^{0.5}(1-k_{ij})/V_{cm}^{2}$$
$$\frac{T_{c}}{P_{c}}=\sum_{i}x_{i}\frac{T_{ci}}{P_{ci}}$$
$$Z_{c}=\sum_{i}x_{i}Z_{i}$$
$$V_{cm}=\sum_{i}x_{i}V_{ci}$$
$$k_{ij}=1-\frac{8(V_{ci}V{cj})^{0.5}}{(V_{ci}^{\frac{1}{3}}+V_{cj}^{\frac{1}{3}})^{3}}$$
かなり式が複雑化しますので手計算でやるのはしんどいですね。
商用シミュレーターがいかに便利かがわかります。