概要
固液撹拌は様々な目的で実施されます。以下に代表的な例を示します。
- 粒子の沈降堆積防止
- 粒子の浮上分離防止
- 粒子の混合分散・スラリー化
- 固液間の物質移動促進
- 凝集粒子の細分化・分散
- 粒子の溶解
- 晶析
どの目的も化学メーカーではよくあるシチュエーションであり、実務で固液撹拌について検討する機会は多いでしょう。
この記事では固液撹拌における粒子の分散状態や撹拌回転数の最適化についてまとめました。
粒子の分散状態
固液撹拌では固体粒子がどのような分散状態となっているかを把握することが非常に重要です。
ここでは扱う頻度の高い、液体よりも比重が大きい粒子を小型翼で分散させる場合について考えてみます。
粒子の分散状態は撹拌回転数を増加させていくと、以下の5つのような分散状態に変化していきます。
槽底に沈殿
撹拌翼が停止している、あるいは非常に小さい回転数で撹拌している場合は、粒子は槽底に沈殿した状態となっています。
粒子を槽底から抜き出す場合、あるいは上澄み液のみを抜き出す場合はこのように完全に固液分離している状態が望ましいでしょう。
また、撹拌翼の設置位置と粒子の堆積度合いには注意が必要です。
撹拌翼が粒子に埋まった状態から撹拌を開始すると、非常に大きなトルクがかかります。モーターの出力が足りなければ撹拌翼が回らない可能性もあります。
撹拌翼が埋まるくらいの粒子量で運転したい場合は、
- 出力に余裕のあるモーターを付ける。
- 先に撹拌翼を回転させてから粒子を投入する。
以上のような対策が良いかと思います。
粒子が巻き上がり始める
少し回転数が増加すると、粒子が撹拌翼の生み出す吸込み流れに引き寄せられて巻き上がり始めます。
しかしこの状態では粒子はほとんど分散しておらず、固液撹拌の目的を果たすことはできないでしょう。さらに回転数を増加させる必要があります。
撹拌翼より高い位置まで粒子が分散
さらに回転数を増加させると、分散する粒子が増加します。
固液の密度差や粒子径にもよりますが、撹拌翼よりも高い位置まで粒子が分散するようになります。
この状態までくると固液間の接触面積がかなり増加し、反応や物質移動も進行するようになります。
ただし、槽底には沈殿した粒子が未だに存在しています。分散している粒子と沈殿している粒子の働きに差がある状態です。
もし粒子が反応等で消費されるものであれば、個々の粒子の消費度合いに大きな差が生まれるため運転上好ましくありません。
均一に消費したければ、さらに回転数を増加させる必要があります。
完全浮遊状態
さらに回転数を増加させると、全ての粒子が槽内を流動している状態となります。これを完全浮遊状態といいます。
この状態では粒子の全表面が液体と接しており、化学反応や物質移動に寄与する表面積が最大となります。
また、ちょうど完全浮遊状態となるときの撹拌回転数を粒子浮遊限界速度Njsといいます。
粒子浮遊限界速度Njsについては以下の記事で詳しく解説しています。
【浮遊限界撹拌速度】Njsについて解説:粒子の完全浮遊状態
"完全浮遊"の定義は通常、Zwieteringの定義による「粒子が1個も槽底に1~2秒以上留まっていない状態」とされており、この状態となるときの撹拌回転数を浮遊限界撹拌速度、もしくは完全浮遊撹拌速度といいます。
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均一分散状態
完全浮遊状態からさらに回転数を増加させるといずれは粒子が均一に分散する状態となります。
液体と粒子の密度差によりますが、この状態にするにはかなり速い撹拌回転数が必要となります。
スラリーとして抜き出す場合には粒子濃度が槽内一定となっている均一分散状態が望ましいでしょう。
撹拌回転数の設定
固液撹拌の運転回転数をどのように設定するかは、その系の目的に応じて考えなければなりません。
ここでは固液撹拌の主目的となりやすい物質移動の観点から、最適な回転数を考えてみます。
上図に物質移動係数kと撹拌回転数の模式的な関係を示しました。
撹拌回転数Nが粒子浮遊限界速度Njsより小さいときは、回転数の増加に伴い物質移動係数が大きく増加します。
これは固液が接触する界面積が増加し、物質移動係数の増加に寄与しているためです。
次に撹拌回転数Nが粒子浮遊限界速度Njsより大きくなると、回転数の増加による物質移動係数の増加が鈍化します。
これはNjsを超えると界面積はこれ以上増加せず、単に粒子の周りの流速が増加することによる物質移動係数の増加しか寄与していないためです。
最後に撹拌回転数Nが自由界面(液面)から気体を巻き込み始める回転数NSAより大きくなると、物質移動係数の増加はほぼ頭打ちとなります。
これは液面から巻き込んだ気体が粒子表面を覆い、固液間の物質移動を阻害するためです。
以上、固液撹拌では大まかに3段階の領域があることを説明しました。
物質移動が重要な系での設計回転数として適切なのは、Njs≦N≦NSAとなる条件です。
Njs以上ではかける動力に対して物質移動の改善が割に合わなくなるため、最も良いのはちょうどNjsとなる回転数で設計することです。
ただし、Njsは実験にしろ、推算にしろ、算出値に多少の誤差があるものなので、実際には余裕をみてNjsより少し大きな回転数に設定しておくのが無難でしょう。
スケールアップ時の設定
撹拌回転数をNjsに設定した場合、Zwieteringの式から
$$N・d^{0.85}=一定・・・(1)$$
(1)式の関係が成り立ちます。
したがって、スケールアップ後もNjsで設計する場合は
$$N_{2}=N_{1}(\frac{d_{1}}{d_{2}})^{0.85}・・・(2)$$
N1,d1:スケールアップ前の回転数、翼径
N2,d2:スケールアップ後の回転数、翼径
(2)式を使用することでスケールアップ後の回転数を決定することができます。
その一方で、Pv一定でスケールアップした場合は、
$$N・d^{2/3}=一定・・・(3)$$
(3)式となり、
$$N_{2}=N_{1}(\frac{d_{1}}{d_{2}})^{2/3}・・・(4)$$
(4)式の関係が成り立ちます。
(2)、(4)式からスケールアップ後の回転数N2を比較すると、d1/d2はスケールアップ時は0<d<1であるため、Njs一定で設計した場合の方が必ず撹拌回転数が小さくなります。
したがってNjs一定で設計した場合は、良い意味で言うとPv一定に対して動力削減となり、悪い意味で言うと混合性能が悪化する可能性があります。
混合する系の特性によっては、固液撹拌でも混合性を重視しPv一定でスケールアップすることも多いでしょう。
おわりに
固液撹拌の粒子分散状態や回転数の最適化について解説しました。
一般的には粒子浮遊限界速度Njsで設計する、ということを覚えておきましょう。ただし扱う系の撹拌目的によってはNjsが最適とならない場合も当然ありますから、柔軟に対応することが大事です。