概要
ある量の液体をくみ揚げる高さのことを揚程といいます。
上から下に液体を輸送する場合には重力でそのまま落下させればよいですが、下から上に輸送する場合にはポンプでエネルギーを加えて液体をくみ揚げる必要があります。
しかし、単純にくみ揚げたい高さ分のエネルギーだけ加えても、実際にはその高さまで液体はくみ揚がりません。
なぜなら流体がくみ揚がる際に通過する流路で摩擦によるエネルギー損失が起こり、途中でエネルギーが足りなくなるからです。
あるいは液体をくみ揚げる先の出口圧力が高いと液体が押さえつけられるため、余分にエネルギーを必要とします。
したがって、くみ揚げたい高さ(実揚程)分のエネルギーにプラスして、摩擦によるエネルギー損失分や入口出口の圧力差分のエネルギーを加える必要があります。
これら全てのエネルギーを合計し、ポンプの揚程として表したものを全揚程といいます。
ポンプの全揚程の計算は流体力学の中で基礎的な計算でありながら、非常に重要です。
本記事ではポンプの全揚程の計算について紹介します。
ポンプの全揚程の計算方法
全揚程の計算の基礎式
ポンプの全揚程計算で使用する基礎式はベルヌーイの定理です。
ベルヌーイの定理については下の記事で詳しく解説しています。
【ベルヌーイの定理】をわかりやすく解説:ポンプ揚程計算の基礎式
流体に関するエネルギー保存則のことを特にベルヌーイの定理といいます。ベルヌーイの定理が成り立つおかげで、エンジニアは流体を所定の高さまで持ち上げるのにどのくらいのエネルギーやポンプ性能が必要か計算できるわけです。
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まずベルヌーイの定理から、現実の流体に適用した基礎式は(1)式となります。
$$H=\frac{v_{2}^{2}-v_{1}^{2}}{2g}+H_{a}+\frac{P_{2}-P_{1}}{ρg}+h_{f}+h_{l}・・・(1)$$
H:全揚程[m]、v1,v2:入口出口の流速[m/s]、g:重力加速度[m/s2]
Ha:実揚程[m]、P1,P2:入口出口の圧力[Pa]、ρ:流体密度[kg/m3]
hf:摩擦損失水頭[m]、hl:形状損失水頭[m]
右辺の各項は、
$$速度水頭:\frac{v_{2}^{2}-v_{1}^{2}}{2g}$$
$$実揚程:H_{a}$$
$$圧力水頭:\frac{P_{2}-P_{1}}{ρg}$$
$$摩擦損失水頭:h_{f}$$
$$形状損失水頭:h_{l}$$
このように呼ばれています。
ポンプの全揚程Hはこれら5つの項を全て計算して足し合わせることで算出できます。
この記事では例として以下に示す配管系の計算をしてみます。
流体密度:1,000kg/m3
流体の質量流量:30,000kg/h
吸込み側装置内圧力:0.2MPaG
吐出し側装置内圧力:0.4MPaG
吸込み側タンク内径:4m
吸込み側配管内径:80mm
吐出し側配管内径:100mm
吸込み側の直管長さ:25m
吐出し側の直管長さ:30m
配管の摩擦損失f=0.004
形状損失:90°エルボ×2個、グローブ弁1個(全開)
速度水頭
$$速度水頭:\frac{v_{2}^{2}-v_{1}^{2}}{2g}$$
配管を流れる流量とタンク内径、配管内径から流速を求め、速度水頭を算出します。
$$吸込み側流速v_{1}:\frac{30000}{1000×3600×(\frac{4}{2})^{2}π}≒6.63×10^{-4}m/s$$
$$吐出し側流速v_{2}:\frac{30000}{1000×3600×(\frac{0.1}{2})^{2}π}≒1.06m/s$$
$$\frac{v_{2}^{2}-v_{1}^{2}}{2g}=\frac{1.06^{2}-(6.63×10^{-4})^{2}}{2×9.8}=0.057m$$
となります。
実揚程
$$実揚程:H_{a}$$
実揚程は吸込み位置と吐出し位置の高さの差となります。
今回の例では吸込み位置がポンプの据付位置よりも高いので、
$$実揚程:H_{a}=z_{2}-z_{1}=9-4=5m$$
となります。
圧力水頭
$$圧力水頭:\frac{P_{2}-P_{1}}{ρg}$$
圧力水頭は入口出口での静圧差から算出します。
最もわかりやすい例は入口出口の液がどちらも大気開放されている場合で、P1=P2=大気圧となるため、圧力水頭はゼロになります。
今回はそれぞれの装置内の静圧が計算条件になります。
$$圧力水頭:\frac{P_{2}-P_{1}}{ρg}=\frac{(0.4-0.2)×10^{6}}{1000×9.8}≒20.408m$$
となります。
実揚程よりも圧力水頭の方が必要なヘッドが大きいですね。
今回のように吐出し側の圧力が大きい場合には、大きなヘッドが必要とされるため気をつけましょう。
摩擦損失水頭
$$摩擦損失水頭:h_{f}$$
摩擦損失水頭とは直管の圧力損失のことをいい、ファニングの式で計算することができます。
下の記事で詳しく解説しています。
【ファニングの式】を導出方法含めて解説:直管の圧力損失計算式
配管の圧力損失計算で使用される式をファニングの式といいます。もしファニングの式で圧力損失を考慮せずに実揚程だけでポンプの揚程を決めてしまうと、流体と配管との摩擦によりエネルギーが損失するため、目的の場所まで流体を送ることができなくなります。
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(2)式がファニングの式です。
$$h_{f}=4f\frac{u^{2}}{2g}\frac{L}{d}・・・(2)$$
f:摩擦係数[-]、u:流体の平均断面速度[m/s]
L:配管長さ[m]、d:配管直径[m]
吸込み側配管と吐出し側配管で配管径が変わらない場合は、まとめて計算する方が簡単です。
今回は配管径が異なるので別々に計算します。
$$吸込み側摩擦損失水頭h_{f1}=4×0.004×\frac{1.658^{2}}{2×9.8}\frac{25}{0.08}≒0.701m$$
$$吐出し側摩擦損失水頭h_{f2}=4×0.004×\frac{1.061^{2}}{2×9.8}\frac{30}{0.1}≒0.276m$$
となります。
形状損失水頭
$$形状損失水頭:h_{l}$$
配管は直管だけで構成されているわけではなく、実際は曲がり部や拡大・縮小部、弁などの様々な形状をした流路が間にあります。
形状損失水頭hlはそのような特殊形状部の損失水頭を全て計算し、足し合わせた値となります。
下の記事で詳しく解説しています。
配管流路【圧力損失】の計算方法を形状ごとに解説
流体が壁面との摩擦や流体同士の摩擦によってエネルギーを損失することを圧力損失といいます。この記事では実務で計算する頻度の多い配管流路の圧力損失について計算方法を紹介します。
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まず90°エルボが2個ありますから、これらの形状損失水頭を計算します。
90°エルボ(標準曲率)の係数は32なので相当直径は、
$$吸込み側90°エルボの相当直径:L_{e1}=n×d=32×0.08=2.56m$$
$$吐出し側90°エルボの相当直径:L_{e2}=n×d=32×0.1=3.20m$$
となります。
したがって、形状損失水頭hlはそれぞれ、
$$吸込み側90°エルボの損失水頭:h_{l1}=4×0.004×\frac{1.658^{2}}{2×9.8}\frac{2.56}{0.08}≒0.072m$$
$$吐出し側90°エルボの損失水頭:h_{l2}=4×0.004×\frac{1.061^{2}}{2×9.8}\frac{3.2}{0.1}≒0.029m$$
となります。
最後に、グローブ弁(玉形弁)について計算します。
弁開度が全開の場合は、
$$グローブ弁の相当直径:L_{e3}=n×d=300×0.1=30m$$
$$グローブ弁の損失水頭:h_{l3}=4×0.004×\frac{1.061^{2}}{2×9.8}\frac{30}{0.1}≒0.276m$$
各項目を合計し全揚程を計算
各項目を合計すると、
$$全揚程:H=0.057+5+20.408+0.701+0.276+0.072+0.029+0.276≒26.8m$$
となります。
全揚程が計算できれば、あとはポンプのH-Q性能曲線を見て、運転したい流量で全揚程が足りるかどうかを確認します。
足りなければそのポンプでは性能不足のため、ポンプを更新する必要があります。
私の勤めている会社では新規でプラントを設計する際のポンプ選定はメーカーに任せることが多いですが、能力増強等で流量を増加させる場合にポンプ揚程が足りるかどうかの計算は社内ですることが多いです。
おわりに
ポンプの全揚程の計算方法について解説しました。
一度計算式を作ってしまい、次回以降は入力条件を変更するだけで計算できるようにするのが良いと思います。