概要
Debye-Hückel理論を拡張し、イオン強度がより大きい系まで適用範囲を広げたモデルの1つがPitzer-Debye-Hückelモデル(以下、PDHモデル)です。
PDHモデルは(1)式のようにビリアル展開の形で表されます。
$$\frac{G^{ex}}{RT}=n_{w}f(I)+\frac{1}{n_{w}}\sum_{ij}λ_{ij}n_{i}n_{j}+\frac{1}{{n_{w}}^{2}}\sum_{i,j,k}τ_{ijk}n_{i}n_{j}n_{k}・・・(1)$$
Gex:過剰ギブス自由エネルギー、R:気体定数、T:温度、nw:水のモル量
f(I):Debye-Hückel型の項を含む式、λij:2イオン間の相互作用パラメータ
ni、nj、nk:i,j,kイオンのモル量
τijk:3イオン間の相互作用パラメータ
(1)式からイオン活量係数を算出すると(2)式となります。
$${\rm{ln}}γ_{i}=\frac{{z_{i}}^{2}}{2}\frac{∂f}{∂I}+2\sum_{j}λ_{ij}m_{j}+\sum_{j}\sum_{k}m_{j}m_{k}(\frac{{z_{i}}^{2}}{2}\frac{∂λ_{ik}}{∂I}+3τ_{ijk})・・・(2)$$
γi:iイオンの活量係数、zi:iイオンの電荷数
mi、mj、mk:i,j,kイオンの質量モル濃度
PDHモデルはイオン強度が0<I<6の範囲まで精度良く実測値を表現できるとされています。
その一方で、2成分間のパラメータだけでなく3成分間のパラメータも式中に含まれているため、パラメータを決定するのが大変です。
そのため、実用的には電解質NRTLモデルなどの別の電解質モデルが使用されることが多いです。
ただし、電解質NRTLモデルはPDHモデルの長距離相互作用パラメータを採用しており、このPDHモデルがベースの1つになっています。
本記事ではPDHモデルについて簡単に解説しています。
各項の詳細について
長距離相互作用
(1)式の右辺第1項はイオン間の長距離相互作用(静電力)を表わしています。
f(I)を簡略的にfと表示すると、
$$f^{φ}=\frac{1}{2}(f'-\frac{f}{I})・・・(3)$$
(3)式の関係で定義されています。
ここで、fφはDebye-Hückel理論とほぼ同じ形の(4)式で定義されています。
$$f^{φ}=\frac{-A_{φ}\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}・・・(4)$$
$$A_{φ}=\frac{1}{3}(\frac{2πN_{A}ρ}{1000})^{1/2}(\frac{e^{2}}{εkT})^{3/2}$$
Aφ:Debye-Hückel定数、b:定数(通常はb=1.2)
(3)、(4)式を解くことでf(I)を導出することができます。
fφを消去し、
$$\frac{1}{2}(f'-\frac{f}{I})=\frac{-A_{φ}\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}$$
f'はfをイオン強度Iで微分する意味合いなので、
$$\frac{1}{2}(\frac{df}{dI}-\frac{f}{I})=\frac{-A_{φ}\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}・・・(5)$$
(5)式となります。
(5)式を積分可能な式に変形するために、いったん(6)式について考えます。
$$\frac{df}{dI}-\frac{f}{I}=0・・・(6)$$
(6)式を積分すると、
$${\rm{ln}}f={\rm{ln}}I+C$$
$$f=Ie^{C}・・・(7)$$
(7)式となります。Cは積分定数です。eCを仮にイオン強度Iの関数C(I)とおくと、
$$f=I・C(I)・・・(8)$$
(8)式となります。(8)式をイオン強度Iで微分すると、
$$\frac{df}{dI}=\frac{dC(I)}{dI}+C(I)・・・(9)$$
(9)式となります。(9)式を(5)式に代入すると、
$$\frac{1}{2}(\frac{dC(I)}{dI}+C(I)-\frac{f}{I})=\frac{-A_{φ}\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}$$
となりますが、左辺のC(I)-f/Iは(8)式から消去できるので、
$$\frac{1}{2}\frac{dC(I)}{dI}=\frac{-A_{φ}\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}・・・(10)$$
最終的に(10)式となります。
(10)式の形となれば積分できます。
$$\int dC(I)=2\int\frac{-A_{φ}\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}dI$$
$$\frac{f}{I}=-\frac{4A_{φ}}{b}{\rm{ln}}(1+b\sqrt{I})+C$$
$$f=-\frac{4A_{φ}I}{b}{\rm{ln}}(1+b\sqrt{I})+C'I・・・(11)$$
積分定数をC'とおくと(11)式となります。
fはDebye-Hückel型の項を含む関数であるため、イオン強度Iに比例する項はありません。したがって、C'=0となり、
$$f(I)=-\frac{4A_{φ}I}{b}{\rm{ln}}(1+b\sqrt{I})・・・(12)$$
(12)式の形で(1)式の長距離相互作用の項が導出できました。
また、活量係数γの(2)式を使用するためにはf(I)を偏微分する必要があります。
そもそも(1)式から(2)式への変形過程では(13)式のようにGexをniで偏微分しています。
$${\rm{ln}}γ_{i}=\frac{1}{RT}\frac{∂G^{ex}}{∂n_{i}}・・・(13)$$
長距離相互作用の項に注目します。
$$n_{w}\frac{∂(f(I))}{∂n_{i}}=n_{w}\frac{∂I}{∂n_{i}}\frac{∂(f(I))}{∂I}・・・(14)$$
(14)式とみなしてそれぞれ偏微分します。
イオン強度Iは(15)式で定義されていますから、
$$I=\frac{1}{2}\sum_{i}m_{i}{z_{i}}^{2}=\frac{1}{2n_{w}}\sum_{i}n_{i}{z_{i}}^{2}・・・(15)$$
$$\frac{∂I}{∂n_{i}}=\frac{{z_{i}}^{2}}{2n_{w}}・・・(16)$$
(16)式となります。
あとは(12)式をイオン強度Iで偏微分すると(17)式となります。
$$\frac{∂f(I)}{∂I}=-2A_{φ}(\frac{\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}+\frac{2}{b}{\rm{ln}}(1+b\sqrt{I}))・・・(17)$$
したがって、(14)式は
$$n_{w}\frac{∂(f(I)}{∂n_{i}}=-{z_{i}}^{2}A_{φ}(\frac{\sqrt{I}}{1+b\sqrt{I}}+\frac{2}{b}{\rm{ln}}(1+b\sqrt{I}))・・・(18)$$
(18)式となり、(2)式の長距離相互作用の項が表せました。
短距離相互作用
Debye-Hückel理論では前述した長距離相互作用しか考慮されていませんでした。そのため、希薄溶液のようにイオン間距離が十分に大きい場合はよく合います。
しかしイオン濃度が高くなるとvan dew Waals力や剛体球ポテンシャル斥力などの短距離相互作用が支配的となり、長距離相互作用のみでは合わなくなります。
そこでPitzerはビリアル展開の形で短距離相互作用を表わしました。
ビリアル展開とは、下式のようにもともと実在気体の状態方程式モデルの1つで、圧力pの関数として展開したものです。
$$Z=1+BP+Cp^{2}+Dp^{3}+・・・$$
PDHモデルでは圧力の代わりに、イオンのモル量の関数として展開して(1)式としています。
$$\frac{G^{ex}}{RT}=n_{w}f(I)+\frac{1}{n_{w}}\sum_{ij}λ_{ij}n_{i}n_{j}+\frac{1}{{n_{w}}^{2}}\sum_{i,j,k}τ_{ijk}n_{i}n_{j}n_{k}・・・(1)$$
λij:2イオン間の相互作用パラメータ、τijk:3イオン間の相互作用パラメータ
(1)式をniで偏微分で偏微分することで活量係数が得られますが、その過程で相互作用パラメータが多くなるので、
$$B^{φ}=λ_{ij}+I{λ_{ij}}'+\frac{v_{i}}{2v_{j}}(λ_{ii}+I{λ_{ii}}')+\frac{v_{j}}{2v_{i}}(λ_{jj}+I{λ_{jj}}')・・・(19)$$
$$C^{φ}=\frac{3(v_{i}τ_{iij}+v_{i}τ_{ijj})}{\sqrt{v_{i}v_{j}}}・・・(20)$$
(19)、(20)式と新たに相互作用パラメータBφ、Cφとおくことでまとめています。
また、相互作用パラメータBφについては電解質の種類に依存する定数β(0)、β(1)を使用して、
$$B^{φ}=β^{(0)}+β^{(1)}{\rm{exp}}(-α\sqrt{I})・・・(21)$$
α:定数(通常α=2.0)
(21)式のような式で定義されています。
β(0)、β(1)、Cφのパラメータは実験で決定されます。Pitzer(1991)が25℃、1atmで様々なイオンの組み合わせでのパラメータを決定していますので、PDHモデルで計算する際には文献等を参照するのがよいでしょう。
おわりに
Pitzer-Debye-Hückelモデルについて解説しました。
特に長距離相互作用については他のモデルのベースとなっているので、式の形くらいは理解しておくのがよいでしょう。