概要
化学工学の単位操作を覚えどんどん突き詰めていくと、最終的には数値計算の壁にぶち当たると思います。
計算式は合っているんだけれども、計算が収束しない、正しい解が得られないという現象です。
この現象は化学工学を学び始めた大学の頃よりはむしろ、会社に入り実務でより複雑な式を解くようになってからの方が顕著です。
会社ではExcel等の無料のソフトから、有料のシミュレータや計算ソフトまで様々なソフトを使用しており、用途によって使い分けています。
本来ならどんな式でも1つのソフトで解けるのが望ましいのですが、各ソフトそれぞれに特徴があり一長一短です。
この記事では私が実務で使ったことがある、あるいはこれから使おうと考えている計算ソフトのメリット・デメリットを比較して紹介します。
各計算ソフトの特徴
Excel
表計算ソフト、という扱いではありますが数値計算でもよく使用します。
簡単な収束計算であれば、ゴールシークやソルバー機能を使用することで解くことができます。
メリット
- 普及率が高く、わからないことはググれば大抵出てくる。
- 同じく普及率の高さから、社内での技術伝承に向いている。
- 計算に使用した数値を使用して、表やグラフを自分の好みにカスタマイズしやすい。
デメリット
- 様々なセルを参照するため、計算式が入力しづらい。
- 式のバックチェックがしにくい。
- 複雑な収束計算は解けない。
普及率は他のソフトと比べるまでもなく唯一無二でしょうね。
特に技術伝承という面では他の計算ソフトよりも優秀でしょう。
EQUATRAN-G
株式会社オメガシミュレーションの製品で、方程式解法ソフトです。
もともとは三井化学(旧三井東圧化学)が開発したソフトですが、その後オメガシミュレーションから販売されています。
メリット
- 方程式を変形する必要がなく、そのまま入力して解ける。
- 方程式を解く順番に並び替える必要がなく、好きな順序で入力できる。
- 式の数値計算手法が自動化されており、ユーザーが収束計算式を入力する必要がない。
デメリット
- ソフトの文法は多少覚える必要がある。(ただしプログラミング言語よりは楽。)
- 計算結果はコピーしてExcelに張り付けないと加工できない。
- ユーザーインターフェイスがダサい。
私はEQUATRAN-Gが好きでよく使用していますが、部署内にはあまり普及していません。
ユーザーインターフェイスがシンプル過ぎてダサいからだと思います。たぶん。
収束計算の面ではまったく不満はありませんが計算結果のコピペ等の加工に時間が取られるため、他にいいソフトがないかと思うところがあります。
Aspen Plus
Aspen tech社の販売している化学工学計算用のシミュレータです。
気液平衡計算に特に強く、蒸留塔の計算が非常に得意なソフトです。
もちろん蒸留塔だけでなく、反応器や熱交換器のモデルも内蔵されており、一通りの化工計算を行なうことができます。
メリット
- 入力値が足りないところは赤く表示されるなど、ユーザーに親切なインターフェイスとなっている。
- 内蔵の物性データベースが豊富である。
- 収束計算は複数のアルゴリズムを組み合わせており、収束しやすい。
デメリット
- コストが高い。それなりに予算のある会社でないと厳しい。
- 重い計算になるとソフトが落ちやすい。
- 熱流体解析ソフトメーカーと比較してサポートが不親切。(というより、ANSYSのサポートが親切すぎるかもしれない。)
物性データベースの豊富さと化工計算全般に対応できる汎用性の高さから、使い勝手が良いです。物性だけAspenの値を参照し、計算は他のソフトでやることもあります。
あと個人的には、全体的にソフト内の字が小さいので画面に顔を近づけがちになるため、長年使っていると目が悪くなりそうなのが悩みです。
Python
最近流行りのプログラミング言語です。アプリ開発や機械学習の分野で使用されているのが有名かと思います。
実は数値計算のライブラリも充実しており、収束計算を解く、微分方程式を解く、といったことにも向いています。
メリット
- オープンソースであるため無料で利用できる。
- Excelからのデータ読み込み、Excelへのデータ吐出しが容易である。
- 数値計算だけではなく、将来的には様々な用途への応用が期待できる。
デメリット
- 商用の化工シミュレータやソフトと比較すると文法面で覚えることが多い。
- 方程式の入力順序により計算結果が変わりうる。(理解してちゃんと書けば問題ない)
- 収束計算式も含めて、全ての計算式を自分で入力する必要がある。(ただし計算ライブラリを導入することで楽できる場合もある)
私は2021年6月くらいからPythonを勉強し始めました。
化学工学の教科書に載っているレベルの式は解けるようになりましたが、実務を想定したような変数が多い式になるとエラーが頻発してなかなか解けません。
ただ私が躓いているのはPythonという言語そのものではなく、数値計算のアルゴリズムをきちんと理解していないためだと考えています。
ExcelのソルバーやAspen Plus等の化工シミュレータはソフトが数値計算を補助してくれるので、数値計算アルゴリズムを自分でいちから作る機会が今までなかったのです。
私と似た境遇の人は、Pythonを始める前にまず数値計算法について学んだ方がよいと思います。
各ソフトの比較
各ソフトについて、使いやすさやコスト等のいくつかの項目で比較してみました。
Excel | EQUATRAN-G | Aspen Plus | Python | |
部署内の普及度 | ◎ 使えない人はいない | △ 部署内でもまともに使用できるのは1~2人 | ○ 若手はほぼ全員使える | × 現状、業務では使用されていない |
計算ソフトとしての使いやすさ | △ セルを参照しないと式が確認できない | ◎ 式を書く順番を気にする必要がない | ◎ ストリームやモデルを作成するため、物質収支をビジュアル的に確認できる | △ 式を記述する順番に気を使う |
収束が難しい式への対応 | △ 変数が多すぎる場合や難しい収束計算は解けない | ○ 頑張れば何でも解ける (個人の力量次第) | ◎ 独自のアルゴリズムで収束しやすい | ○ 頑張れば何でも解ける (個人の力量次第) |
コスト | ○ 15,000~16,000円程度 | △ 標準価格198,000円 (大学向け70,000円) | × 価格はライセンス形態によるが高い。 他の有料ソフトと比較して、桁が2~3つくらい違う。 | ◎ 無料 |
どれも本当に一長一短ですね。
コストが高いソフトほど使いやすい、というのは確かにありますが、Aspen Plusのレベルになると個人での運用はほぼ不可能です。
割とありがちなのがソフト特有の操作方法ばかり習熟してしまうことです。部署異動や転職によってそのソフトが使えない環境になったときに、自分自身に計算能力が身に付いていないと今までできていた計算ができなくなります。
そうならないように、どのような式で計算しているかきちんと把握し、ときには別の計算ソフトを使用してみるのもよいでしょう。
まとめ
私が化学工学計算で使用したことのあるソフトについてまとめました。
- Excel:最も汎用的で簡単な計算なら十分できる。
- EQUATRAN:お値段も手ごろで、難しい収束計算ができる。
- Aspen Plus:企業向けソフト。扱いやすいし収束計算にも優れる。
- Python:無料で誰でも使える。個人の力量次第でなんでもできる。
計算ソフトは1つにこだわる必要はなく、様々なソフトを使用することで新しい発見が生まれます。
ぜひいろいろ触ってみてください!