概要
Wilsonの式とは活量係数を算出する手法の1つであり、3成分以上の多成分系に適用できる式です。
2液相分離する系には適用できないデメリットがあるものの、それ以外の系には良い精度で適用できます。
実務においても系によってはNRTL式よりも精度が高いことがあるので使用されます。
$${\rm{ln}}γ_{1}=-{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})+x_{2}[\frac{Λ_{12}}{x_{1}+Λ_{12}x_{2}}-\frac{Λ_{21}}{Λ_{21}x_{1}+x_{2}}]・・・(1)$$
$${\rm{ln}}γ_{2}=-{\rm{ln}}(x_{2}+Λ_{21}x_{1})-x_{1}[\frac{Λ_{12}}{x_{1}+Λ_{12}x_{2}}-\frac{Λ_{21}}{Λ_{21}x_{1}+x_{2}}]・・・(2)$$
γ:活量係数、x:モル分率、Λ:Wilson定数
2成分系の活量係数は上の2式で表されます。
Margulesの式、van Laarの式と比べると一気に複雑になりましたね。
ただ、シミュレーターで使用する場合には式の形を覚えておく必要はありませんので式の複雑化そのものはあまり問題となりません。
問題となるのは固有のパラメータであるWilson定数を修正・算出する必要があるときです。
メジャーな化合物はシミュレーターや文献に定数データがありますが、マイナーな化合物はデータがありません。
その場合Wilson定数は実験値から算出する必要がありますが、物理的意味がはっきり決まった定数ではないのでフィッティングが難しいところです。
例えばAspen PlusではWilson定数は
$${\rm{ln}}Λ_{ij}=a_{ij}+b_{ij}/T+c_{ij}{\rm{ln}}T+d_{ij}T+e_{ij}/T^{2}$$
a,b,c,d,e:定数
上式のような温度Tの関数で定義されており、実験値をフィッティングさせて定数を算出します。
Wilson式の導出
Wilsonの式はFlory-Hugginsの式を分子間力の影響を考慮して拡張した式だと言われています。
$$\frac{g^{E}}{RT}=\sum_{i}x_{i}{\rm{ln}}\frac{Φ_{i}}{x_{i}}・・・(3)$$
gE:過剰ギブス自由エネルギー、R:気体定数、T:温度
Φi:i成分の体積分率
(3)式がFlory-Hugginsの式です。
この式はもともと高分子溶液の混合エンタルピーや化学ポテンシャルの変化を計算した結果、導出された式です。
Wilsonは局所体積分率という考えをもとに、(3)式のi成分の体積分率Φiを補正しました。
局所体積分率とは分子レベルの小さな領域で液中の組成を考えたときの各成分の体積分率です。
量子統計力学という分野ではボルツマン分布という法則があり、各エネルギー状態にある粒子の数fは
$$f={\rm{exp}}(\frac{ε}{kT})$$
ε:エネルギー、k:ボルツマン定数、T:温度
上式のような形で表されます。
Wilsonはこの式をベースに第1成分分子の周りに第2成分分子を見出す確率x21を
$$x_{21}=x_{2}{\rm{exp}}(-\frac{λ_{21}}{RT})$$
x2:第2成分のモル分率、λ21:成分1-2分子間の相互作用エネルギーに比例する値
R:気体定数、T:温度
上式のように定義しました。
同様に第1成分分子の周りに第1成分分子を見出す確率x11は
$$x_{11}=x_{1}{\rm{exp}}(-\frac{λ_{11}}{RT})$$
x2:第1成分のモル分率、λ21:成分1-1分子間の相互作用エネルギーに比例する値
R:気体定数、T:温度
となります。
同様に第2成分分子の周りについても確率を定義すると、
$$x_{12}=x_{1}{\rm{exp}}(-\frac{λ_{12}}{RT})$$
$$x_{22}=x_{2}{\rm{exp}}(-\frac{λ_{22}}{RT})$$
となります。
続いて定義した確率xをもとに局所体積分率Φを表わすと、
$$Φ_{1,1}=\frac{V_{1}x_{11}}{V_{1}x_{11}+V_{2}x_{21}}$$
$$Φ_{2,2}=\frac{V_{2}x_{22}}{V_{2}x_{22}+V_{1}x_{12}}$$
Φi,i:成分分子i周りの分子iの体積分率、Vi:i成分の液体分子体積
となります。
それぞれの式の分子で割ると、
$$Φ_{1,1}=\frac{1}{1+\frac{V_{2}x_{21}}{V_{1}x_{11}}}=\frac{1}{1+\frac{V_{2}x_{2}}{V_{1}x_{1}}{\rm{exp}}(-\frac{Λ_{21}-Λ_{11}}{RT})}$$
$$Φ_{2,2}=\frac{1}{1+\frac{V_{1}x_{12}}{V_{2}x_{22}}}=\frac{1}{1+\frac{V_{1}x_{1}}{V_{2}x_{2}}{\rm{exp}}(-\frac{Λ_{12}-Λ_{22}}{RT})}$$
となります。
ここでWilson定数Λ12、Λ21で
$$Λ_{12}=\frac{V_{2}}{V_{1}}{\rm{exp}}(-\frac{Λ_{21}-Λ_{11}}{RT})$$
$$Λ_{21}=\frac{V_{1}}{V_{2}}{\rm{exp}}(-\frac{Λ_{12}-Λ_{22}}{RT})$$
とおくと
$$Φ_{1,1}=\frac{1}{1+\frac{x_{2}}{x_{1}}Λ_{12}}・・・(4)$$
$$Φ_{2,2}=\frac{1}{1+\frac{x_{1}}{x_{2}}Λ_{21}}・・・(5)$$
となります。
これら(4)、(5)式を冒頭で紹介したFlory-Hugginsの式の体積分率Φiに代入します。
$$\begin{align}\frac{g^{E}}{RT}&
=\sum_{i}x_{i}{\rm{ln}}\frac{Φ_{i}}{x_{i}}=x_{1}{\rm{ln}}(\frac{1}{x_{1}+Λ_{12}x_{2}})+x_{2}{\rm{ln}}(\frac{1}{x_{2}+Λ_{21}x_{1}})\\&
=-x_{1}{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})-x_{2}{\rm{ln}}(x_{2}+Λ_{21}x_{1})・・・(6)\end{align}$$
整理すると(6)式になります。
ここで、液体混合物のギブス自由エネルギーgmは理想混合物と理想からのずれの和で表現できます。
$$g^{m}=g^{i}+g^{E}・・・(7)$$
さらにgiについては
$$g^{i}=RT(x_{1}{\rm{ln}}x_{1}+x_{2}{\rm{ln}}x_{2})・・・(8)$$
という関係が成り立ちます。
また、活量とギブス自由エネルギーの関係から
$$RT{\rm{ln}}a_{1}=g^{m}+(1-x_{1})\frac{∂g^{m}}{∂x_{1}}$$
$${\rm{ln}}a_{1}=\frac{g^{m}}{RT}+(1-x_{1})\frac{∂}{∂x_{1}}\frac{g^{m}}{RT}・・・(9)$$
gm:混合物のギブス自由エネルギー、ai:成分1の活量
という式を利用します。
活量aについては
$$a_{i}=x_{i}γ_{i}・・・(10)$$
(10)式で定義されます。
(7)、(10)式を(9)式に代入すると、
$${\rm{ln}}x_{1}+{\rm{ln}}γ_{1}=\frac{g^{i}}{RT}+\frac{g^{E}}{RT}+(1-x_{1})[\frac{∂}{∂x_{1}}\frac{g^{i}}{RT}+\frac{∂}{∂x_{1}}\frac{g^{E}}{RT}]・・・(11)$$
(11)式となります。
(6)、(8)式からgi、gEの項はわかっていますので、残りの項を算出します。
まずは(8)式を両辺RTで割りx1について偏微分します。
$$\begin{align}\frac{∂}{∂x_{1}}\frac{g^{i}}{RT}&={\rm{ln}}x_{1}+1-{\rm{ln}}(1-x_{1})-1\\&={\rm{ln}}x_{1}-{\rm{ln}}(1-x_{1})・・・(12)\end{align}$$
(12)式となります。
残るはgE/RTの偏微分項です。(6)式をx1について偏微分すると、
$$\begin{align}\frac{∂}{∂x_{1}}\frac{g^{E}}{RT}&
=-{\rm{ln}}[x_{1}+(1-x_{1})Λ_{12}]-x_{1}\frac{1-Λ_{12}}{(1-Λ_{12})x_{1}+Λ_{12}}\\&
+{\rm{ln}}[(Λ_{21}-1)x_{1}+1]+(1-x_{1})\frac{Λ_{21}-1}{(Λ_{21}-1)x_{1}+1}\\&
=-{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})+{\rm{ln}}(x_{2}+Λ_{21}x_{1})\\&
-\frac{(1-Λ_{12})x_{1}+Λ_{12}-Λ_{12}}{(1-Λ_{12})x_{1}+Λ_{12}}+\frac{(Λ_{21}-1)x_{1}+1-Λ_{21}}{(Λ_{21}-1)x_{1}+1}\\&
=-{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})+{\rm{ln}}(x_{2}+Λ_{21}x_{1})\\&
-1+\frac{Λ_{12}}{(1-Λ_{12})x_{1}+Λ_{12}}+1-\frac{Λ_{21}}{(Λ_{21}-1)x_{1}+1}\\&
=-{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})+{\rm{ln}}(x_{2}+Λ_{21}x_{1})\\&
+\frac{Λ_{12}}{x_{1}+Λ_{12}x_{2}}-\frac{Λ_{21}}{x_{2}+Λ_{21}x_{1}}・・・(13)\end{align}$$
(13)式となります。
これですべての項が求まりました。
最後に(6)、(8)、(12)、(13)式を(11)式に代入します。
$$\begin{align}{\rm{ln}}x_{1}+{\rm{ln}}γ_{1}&
=\frac{g^{i}}{RT}+\frac{g^{E}}{RT}+(1-x_{1})[\frac{∂}{∂x_{1}}\frac{g^{i}}{RT}+\frac{∂}{∂x_{1}}\frac{g^{E}}{RT}]\\&
=x_{1}{\rm{ln}}x_{1}+x_{2}{\rm{ln}}x_{2}-x_{1}{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})-x_{2}{\rm{ln}}(x_{2}+Λ_{21}x_{1})\\&
+(1-x_{1})\biggr({\rm{ln}}x_{1}-{\rm{ln}}(1-x_{1})-{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})\\&
+{\rm{ln}}(x_{2}+Λ_{21}x_{1})+\frac{Λ_{12}}{x_{1}+Λ_{12}x_{2}}-\frac{Λ_{21}}{x_{2}+Λ_{21}x_{1}}\biggr)\\&
={\rm{ln}}x_{1}-{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})+x_{2}[\frac{Λ_{12}}{x_{1}+Λ_{12}x_{2}}-\frac{Λ_{21}}{x_{2}+Λ_{21}x_{1}}]\end{align}$$
整理すると、
$$\begin{align}{\rm{ln}}γ_{1}&
=-{\rm{ln}}(x_{1}+Λ_{12}x_{2})+x_{2}[\frac{Λ_{12}}{x_{1}+Λ_{12}x_{2}}-\frac{Λ_{21}}{x_{2}+Λ_{21}x_{1}}]\end{align}$$
となり(1)式が導出できました。
同様に第2成分についても式を立てると(2)式が導出できます。