概要
活量係数モデルで気液平衡を計算する場合には、蒸発潜熱の推算が必要になります。
活量係数モデルは気液平衡計算モデルの中でも使用頻度が高いので、蒸発潜熱の推算法も知っておいた方が良いでしょう。
同じ状態変化の分類で言うと、固体から液体への変化である融解、固体から気体への変化である昇華が挙げられます。
しかし配管輸送を主とする化学プラントにおいては、流体ではない固体は扱いにくいので、融解や昇華を考えることは少ないです。
上の画像は打ち水の様子です。
水が蒸発する際は蒸発潜熱分の熱が必要になるため、周囲から熱を奪います。
そのため、打ち水すると涼しくなるわけですね。
この記事では液体が気体に変化するときに必要になる熱(蒸発潜熱)について、実測値や推算法を紹介します。
蒸発潜熱の実測値
参考までに主要な物質の標準沸点における蒸発潜熱を示します。
だいたいどのくらいのオーダーになるのか知っておけば、推算式で単位換算ミスに気づきやすくなります。
物質 | 沸点[℃] | 蒸発潜熱[kcal/kg] | 物質 | 沸点[℃] | 蒸発潜熱[kcal/kg] |
アルゴン | -185.7 | 38.94 | ヨウ素 | 184.5 | 39.3 |
臭素 | 58.9 | 44.79 | 窒素 | -195.6 | 47.43 |
一酸化炭素 | -191.3 | 51.52 | ヒドラジン | 113.7 | 301.91 |
二酸化炭素 | -78.3 | 90.48 | 一酸化二窒素 | -88.3 | 89.57 |
塩素 | -34.3 | 69.64 | アンモニア | -33.3 | 327.3 |
フッ素 | -188 | 41.07 | 一酸化窒素 | -151.6 | 109.86 |
水素 | -252.6 | 106.6 | 二酸化窒素 | 21.3 | 98.97 |
水 | 100 | 538.55 | ネオン | -246 | 20.52 |
過酸化水素 | 150.2 | 321.9 | 酸素 | -182.8 | 50.84 |
臭化水素 | -66.9 | 52.01 | 二酸化硫黄 | -10 | 93 |
塩化水素 | -84.9 | 105.76 | 三酸化硫黄 | 45 | 127.94 |
ヘリウム | -268.79 | 4.95 |
水の蒸発潜熱が約540kcal/kgであることは有名で、実務でもよく計算に使用するので覚えておくと良いでしょう。
蒸発潜熱の推算法
Troutonの法則
標準沸点Tbと標準沸点における蒸発潜熱Lbの間には、
$$L_{b}≒21T_{b}$$
Lb:標準沸点における蒸発潜熱[cal/mol]、Tb:標準沸点[K]
の関係が成り立ちます。これをTroutonの法則といいます。
試しに、シクロプロパンの蒸発潜熱を求めてみます。
シクロプロパンの標準沸点は240.4Kですから、
$$L_{b}≒21×240.4=5048.4cal/mol=120.2kcal/kg$$
となります。
実測値が113.8kcal/kgですから、比較的近い値となっていますね。
蒸気圧による蒸発潜熱の推算
蒸気圧がわかっている場合は、次の式から蒸発潜熱を算出できます。
$$無極性液体の場合:\frac{L}{T}=23.61(\frac{P}{T})^{-0.119}$$
$$極性液体の場合:\frac{L}{T}=27.98(\frac{P}{T})^{-0.105}$$
L:蒸発潜熱:[cal/mol]、T:温度[K]、P:温度Tの蒸気圧[mmHg]
適用範囲は約2000mmHgまでです。
例として、パラキシレンの50℃における蒸発潜熱を求めてみます。
50℃における蒸気圧は31mmHgです。
パラキシレンは無極性液体ですから、
$$L=(50+273.15)×23.61(\frac{31}{50+273.15})^{-0.119}≒10084cal/mol$$
実測値は9760cal/molですから、それなりに近い値となっています。
Aspen Plusでの推算(DIPPR式)
Aspen Plusのデフォルトで設定されている蒸発潜熱の推算式がこのDIPPR式です。
$$L=C_{1}(1-T_{r})^{(C_{2}+C_{3}T_{r}+C_{4}+T_{r}^{2}+C_{5}T_{r}^{3})}$$
Tr:対臨界温度、C1~5:物質固有の定数
定数C1~5は物質固有の定数であり、値はシミュレータ内に内蔵されています。
試しに、シクロプロパンの50℃における蒸発潜熱を求めると、
86.68 kcal/kgとなりました。
実測値が86.1kcal/kgですから、かなり実測値に近いですね。
Watson式
蒸発潜熱の実測データが1点あれば、Watson式から任意の温度T2における蒸発潜熱を計算できます。
$$L_{2}=L_{1}(\frac{1-T_{2}/T_{c}}{1-T_{1}/T_{c}})^{n}$$
L2:温度T2の蒸発潜熱:[cal/mol]、L1:温度T1の蒸発潜熱:[cal/mol]
Tc:臨界温度[K]、n:温度の関数(通常はn=0.38)
試しに、シクロプロパンの50℃における蒸発潜熱を求めてみます。
標準沸点(240.4K)における蒸発潜熱は113.8kcal/kg、臨界温度は397.8Kですから、
$$L_{2}=113.8×(\frac{1-(273.15+50)/397.8}{1-240.4/398.7})^{0.38}≒85.71kcal/kg$$
実測値は86.1kcal/kgなので精度は良いですね。