概要
Fickの法則に使用されている係数を拡散係数Dといいます。
$$N_{1}=-D_{12}\frac{dc_{1}}{dx}$$
N:単位断面積、単位時間当たりの移動モル量[mol/(m2・s)]
D12:成分2に成分1が拡散する場合の相互拡散係数[m2/s]
dc/dx:濃度勾配[(mol/m3)/m]
D12があればD21もあるわけですが、
$$D_{12}=D_{21}$$
一般に上式が成り立つので、どちらか片方だけを議論すればよいです。
この記事では主要な物質の拡散係数の実測値と、推算方法を紹介します。
実測値
主要な物質の拡散係数の実測値を示します。
1atm下における空気中での各気体の相互拡散係数です。
物質 | 温度[K] | 拡散係数D[m2/s] | 物質 | 温度[K] | 拡散係数D[m2/s] |
アルゴン | 273 | 1.68×10-5 | o-キシレン | 298 | 0.727×10-5 |
アンモニア | 298 | 0.844×10-5 | m-キシレン | 298 | 0.688×10-5 |
一酸化炭素 | 273 | 1.78×10-5 | p-キシレン | 298 | 0.670×10-5 |
塩素 | 273 | 1.08×10-5 | エチルベンゼン | 298 | 0.755×10-5 |
酸素 | 273 | 1.80×10-5 | メタノール | 298 | 1.52×10-5 |
水素 | 273 | 6.65×10-5 | エタノール | 298 | 1.181×10-5 |
窒素 | 273 | 1.78×10-5 | プロパノール | 298 | 0.993×10-5 |
二酸化硫黄 | 273 | 1.11×10-5 | イソプロパノール | 298 | 1.013×10-5 |
二酸化炭素 | 276.2 | 1.42×10-5 | ブタノール | 298 | 0.861×10-5 |
ヘリウム | 276.2 | 5.31×10-5 | エーテル | 298 | 0.918×10-5 |
水 | 298 | 2.60×10-5 | アセトン | 298 | 1.049×10-5 |
メタン | 273 | 1.71×10-5 | メチルエチルケトン | 298 | 0.903×10-5 |
エタン | 273 | 1.27×10-5 | ギ酸 | 298 | 1.530×10-5 |
プロパン | 273 | 0.987×10-5 | 酢酸 | 298 | 1.235×10-5 |
ブタン | 273 | 0.875×10-5 | 酢酸エチル | 298 | 0.861×10-5 |
イソブタン | 273 | 0.851×10-5 | エチレンジアミン | 298 | 1.009×10-5 |
ペンタン | 298 | 0.842×10-5 | アクリロニトリル | 298 | 1.059×10-5 |
ヘキサン | 298 | 0.732×10-5 | クロロホルム | 298 | 0.888×10-5 |
オクタン | 298 | 0.616×10-5 | 1,1-ジクロロエタン | 298 | 0.919×10-5 |
エチレン | 273 | 1.38×10-5 | 1,2-ジクロロエタン | 298 | 0.907×10-5 |
アセチレン | 273 | 1.43×10-5 | |||
ベンゼン | 273 | 0.776×10-5 | |||
トルエン | 298 | 0.849×10-5 |
気体の拡散係数はおおよそ10-5 m2/sオーダーです。
続いて、液体の拡散係数の実測値を示します。
溶質 | 溶媒 | 温度[℃] | 拡散係数D[m2/s] |
アセトン | 水 | 20 | 1.16×10-9 |
アニリン | 水 | 20 | 0.92×10-9 |
イソブタノール | 水 | 20 | 0.84×10-9 |
エタノール | 水 | 15 | 1.00×10-9 |
塩化水素 | 水 | 20 | 2.64×10-9 |
塩素 | 水 | 12 | 1.40×10-9 |
酢酸 | 水 | 20 | 1.19×10-9 |
酢酸エチル | 水 | 20 | 1.00×10-9 |
酸素 | 水 | 25 | 2.60×10-9 |
水素 | 水 | 25 | 3.36×10-9 |
窒素 | 水 | 22 | 2.02×10-9 |
フルフラール | 水 | 20 | 1.04×10-9 |
プロパノール | 水 | 15 | 0.87×10-9 |
メタノール | 水 | 15 | 1.28×10-9 |
液体の拡散係数は10-9 m2/sオーダーで、気体より拡散しにくいことを覚えておきましょう。
気体拡散係数の推算法
気体分子運動論をベースとした経験式
Fullerらにより気体分子運動論をベースとした半経験式が提案されました。
$$D_{12}=\frac{10^{-3}T^{1.75}[\frac{1}{M_{1}}+\frac{1}{M_{2}}]^{0.5}}{P[(\sum v)_{1}^{\frac{1}{3}}+(\sum v)_{2}^{\frac{1}{3}}]^{2}}$$
D12:拡散係数[cm2/s]、T:温度[K]、P:圧力[atm]
M:各成分の分子量[g/mol]、Σv:拡散体積
拡散体積は下表の値を足し合わせます。
拡散体積v | 拡散体積v | ||
C | 16.5 | Ar | 16.1 |
H | 1.98 | Kr | 22.8 |
O | 5.48 | Xe | 37.9 |
N | 5.69 | CO | 18.9 |
Cl | 19.5 | CO2 | 26.9 |
S | 17.0 | N2O | 35.9 |
ベンゼン環 | -20.2 | NH3 | 14.9 |
ヘテロシクロ環 | -20.2 | H2O | 12.7 |
H2 | 7.07 | CCl2F2 | 114.8 |
He | 2.88 | SF6 | 69.7 |
N2 | 17.9 | Cl2 | 37.7 |
O2 | 16.6 | Br2 | 67.2 |
Air | 20.1 | SO2 | 41.1 |
ただし、この推算法は極性気体の混合物には適用できません。
例として、エタノールの空気中での拡散係数を求めてみます。
温度は298K、圧力は1atmとします。
エタノールの拡散体積を表から決定します。
$$\sum v=2×C+6×H+O=2×16.5+6×1.98+5.48\\
=50.36$$
空気の拡散体積は
$$\sum v=20.1$$
エタノールの分子量46.1、空気の平均分子量28.8を使用し、
$$\begin{align}D_{12}&=\frac{10^{-3}298^{1.75}[(1/46.1+1/28.8)]^{0.5}}{1×[50.36^{\frac{1}{3}}+20.1^{\frac{1}{3}}]^{2}}\\&≒1.23×10^{-1}cm^{2}/s\\&=1.23×10^{-5}m^{2}/s\end{align}$$
実測値は1.18×10-5m2/sですから、近い値になっていますね。
液体拡散係数の推算法
Wilke-Chang式
Stokes-Einsteinの式をベースにした経験式が提案されています。
$$D_{12}=7.4×10^{-8}\frac{(∮M_{2})^{0.5}T}{η_{2}V_{1}^{0.6}}$$
D12:相互拡散係数[cm2/s]、M2:第2成分の分子量[g/mol]、T:温度[K]
η2:第2成分の粘度[cp]、V1:標準沸点における第1成分の分子体積[cm3/mol]
∮:会合定数
会合定数∮は、第2成分の物質によって下表の値を使い分けます。
第2成分 | 会合定数∮ |
水 | 2.6 |
メタノール | 1.9 |
エタノール | 1.5 |
プロパノール | 1.2 |
その他の液 | 1.0 |
例として、37℃における水中へのエタノールの拡散係数を求めてみます。
エタノールが第1成分、水が第2成分なので∮=2.6を使用します。
体積V1=62.8cm3/mol
粘度η2=0.710cp
分子量M2=18.0g/mol
を使用します。
$$D_{12}=7.4×10^{-8}\frac{(2.6×18.0)^{0.5}×(273.15+37)}{0.710×62.8^{0.6}}\\
≒1.84×10^{-9}m^{2}/s$$
実測値は1.77×10-9m2/sですので、近い値になっています。
おわりに
拡散係数の推算方法について解説しました。
物質移動について考慮する際は拡散係数が必要となる場面が多いです。桁を間違えないようにしましょう。